
6月になると、ほぼ毎日ムカデちゃんが出没します。母は危機管理能力が異常に高いために、この季節いつも神経をとがらせてムカデを殺しまくっています。ムカデに刺されると死ぬと、彼女は信じているからです。
家の一階と二階にそれぞれ一セットずつ、写真のようなムカデ退治の板が設置されており、いつでもどこでもムカデを殺せるようになっています。やり方は、この板にムカデの頭としっぽをはさんで両端からブッチぎるといった残忍な方法です。ムカデに噛まれることと、しっぽの針で刺されることを防ぐ為だと、母は言っています。
「田舎の人こそ、動物に対してけっこうシビアで残酷」という印象を私は受けます。恐らく、動物による被害も同時にたくさん被っているからだと思います。虫を愛でている場合ではないのです、殺るか、やられるかなのです。
畑では、いつもばーさんがシカや猿に対して舌打ちをしたり、偽物の鉄砲を作って撃つ真似などをしている姿を見かけます。ちなみに発砲音は自分の声です、「バーン」とばーさんが叫んでいる姿を見かけた事があります。気の毒ですが、効果は期待できません。
昨日は私の大好きなイチジクの実が、全部食べられていました。私はシカや猿が出るとワクワクしますが、丹誠込めて作った野菜をめちゃくちゃにされたら、火縄銃の一個や二個ぶっぱなしたくなると思います。
私が小さい頃は、逆にそんなに畑の方へシカや猿が降りてくるということは少なかったように思われます。山に食べ物が無くなってしまったのでしょうか?ここに動物博士でもいたら、「動物との共生論」などを展開してくれるのかもしれませんが、そうではない田舎の一村人はただ地団駄をふんで悔しがり、動物を憎むだけなのでした。

昨晩ばーさまが「梅がもう落ちてきたでなあ」と遠回しに「取りにこい」との催促があったので、本日15時より重いオケツとともにばあさまの庭の梅もぎに行って来ました。
収穫は基本的に大好きです。種をまくのよりダントツ好きです。しかし私が得意な収穫というのは、主に土を掘り返してひっぱりあげるタイプのものであって、高い木の上の実をもぐというような敏捷性を要するものでないということがわかりました。
腰の曲がった80歳の老女、152センチの小太りのアラサー、この二人が力を合わせてできることはそう多くはなかったのです。脚立をつかえども届かず、木を揺らしまくるも落ちてこず、ばあさまがクワを持って木に引っ掛けて取るという方法を編み出すも、そこまでの成果も見られず、小太りの体を揺らして私が木に登ってみたものの、木に引っかかった死体のようでした。
そうして2時間ばかり、もはや木漏れ日中毒のなか目がくらみ、服の中に昆虫がころがり落ちてくるなどの事件をくぐりぬけて集めた苦労の結晶がこの青梅ちゃん達ですよ。あ〜かわいい。よく実ったねえ。これを毎年ジュースにして夏中クエン酸はばっちりです。低身長が災いして取れなかった上の方の梅達はせいぜい鳥達にくれてやります。
きっと来年も、画期的な方法を編み出せないまま、ぶらさがったりゆらしたりするんでしょうね。

本日、キツネの嫁入りのような雨が降りました。すぐに上がって、でっかい虹がかかっておりました。虹なんかに感動しちゃった日記なんかのせないぞ〜〜〜!!と思っていましたが、やっぱりきれいなもんはきれいですから、ひとりで「虹やーーーー!!!」と叫んで外に飛び出しました。
そしたら、お隣の親子もやっぱり外に出ていました。でもあっちはきれいなお母さんと、6歳の女の子と4歳の女の子という絵になる人々ですから、ぼさぼさのアラサーがジャージで飛び出るのとはわけが違います。なんだか恥ずかしくなってこっそりまた家に入ることにしました。
私は「世界の車窓から」の類のテレビ番組が好きです。「私の知らない土地や文化の中で、会った事がないけどなんだか優しそうな人々が暮らしている情景」を観ると、胸がざわざわします。なので、たまに自分がこのど田舎で暮らしている様子を客観的に見て「あ、今『世界の車窓から』の中の登場人物みたいやなあ〜」となんとなく嬉しく感じたりします。まあ電車なんてどこにも通ってないので、せいぜいマイカーのフロントガラスから、というあんまりロマンチックじゃない情景しか提供できませんけど。
雨の日の車の中が臭すぎて、どうしたもんでしょうか。

口蹄疫が流行っている牛社会ですが、肉が本場の松坂まで車で40分なので、そんなことも構わずホルモンを食べに行ってきました。松坂には、月に一度は肉をもとめて移動します。松坂市内に入ると、もう牛関連の看板しかみあたりません。どいつもこいつも「本場」と「元祖」しかうたっていません。元祖の叩き売りです。
そんな中我がファミリーが最近利用するのは、雑誌「BRUTUS」で「現地にいかなきゃ食べられないホルモン」として紹介されていた「千力」さんです。雑誌に載っていたホルモンの写真があまりにも「内蔵を接写」したかなりグロテスクな写真だったので、ホルモンみたさに私がここを押しました。でも、けっこう普通でした。もちろんおいしいですけど、あんな写真のままじゃないよね、そりゃそうだ。腸は長いまま出したらむしろ客は来なくなるよね。私としては「塩タン」が分厚すぎるのが、かなりしんどいです。かつて「本場の生ハム」というものを食べた時にのどにつまって死にかけたときのトラウマが私を苦しめます。
最近観た「大哺乳類展」でも牛の腸のホルマリン漬けがあったので、そのときちゃんと確認した箇所が何個かお皿にのっていて、「命もらってます」感をかみしめながらおいしくいただきました。昔は「捨てるもの」だったホルモンですから、最初にホルモンを広めた人は偉いです。最初にウニを食べた人もすごいと思います。どうしてあんなイガイガのものを開いて食べようとしたんだろう。チャレンジャーはどこにでもいるのですね。その人々のフロンティア精神の上ににあぐらをかいて、おいしい思いをさせていただいています。ありがとうございます。

従兄弟のゆみちゃんが3月に結婚したので、旦那様を連れて三重のおばあちゃんちに来てくれました。ゆみちゃんの結婚式には、私がウェルカムボードを描かせてもらい、とても喜んでいただき私も嬉しかったのでした。
このwebにも、そのウェルカムボードをのせるつもりだったのに、データが見当たらない、、、。ゆみちゃんまた写真ください。いつでもいいので。
代わりに、お祝いのお料理をのせてみました。写真がヘタクソで申し訳ないです。メニューは唐揚げと、塩豚、ふきの炊いたもの、タケノコ、お造り、赤飯、はんぺんのお吸い物、お漬け物です。おばあちゃんと、ゆみちゃんのおかあさんの手作りです。おいかったです、ごちそうさまでした。
田舎は法事や冠婚葬祭を家庭で行なう事が多く、でっかい机や、座布団やお茶碗がとにかくどこの家庭にも大量に用意されています。おばあちゃんも、でっかい日本家屋に、犬と、大量の机と、大量の茶碗と、大量の座布団と、おじいちゃんが残して逝った古タイヤと、さつき用の100個以上ある鉢と同居しておるわけです。これらがフル回転して大活躍していた時期が確かにあったんだなあと思い出しながら、たま〜に使っては懐かしみます。
ゆみちゃんの旦那さんは、田舎を知らないシティボーイ。さぞかしカルチャーショックもあったことでしょう。初めて会う親戚に、気を使ってしんどい思いをしたでしょう、お疲れさまでした。私も緊張してあまり話せなかったですけど、これからもどうぞよろしくお願いします。