ShihoSeji Blog

イラストレーター瀬島志保子のブログ
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塩ヨーグルトに挑む。

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「塩麹」が定着して久しい日本の食事情。最近は「しょうゆ麹」とか「塩ヨーグルト」とかもう訳がわからなくなってきました。訳が分からないと言いつつ、テレビで観てしまった次の日にはちょっと手を出してみる。

はなまるマーケットだったか覚えてないけど、「塩ヨーグルト」特集をやっていたので挑戦してみた。そしてそれは大失敗に終わった。すべて食べられるもので作っているのに、「食べられないほどの味」になるという経験を、私は以前にも一度経験している。高校の文化祭で作った「砂糖と塩を間違えて入れたクッキー」だ。

「塩」というのは、過剰に入れると食べられない程の味になる。それを身をもって知った瞬間だった。

テレビでは、ヨーグルト450グラムに対して塩小さじ一杯、というのを目安にしていた。でもテレビで作り方を見ているとき、私には小さじがすごく多く感じたのだ。そんでもって、不幸なことに我が家には計量スプーンがないのだった。よって、私がテレビで目視した非常に曖昧な量の塩がヨーグルトに投入された。

一晩置くとクリームチーズになる。という噂を信じて、私は一晩待った。そして朝起きてなめてみた。「ぎゃー!!!」と一人で叫ぶ程しょっぱかった。目の前に堂々と「完全なる失敗作の大量の塩ヨーグルト」が存在した。

でも私はとてもケチなので、それを全て捨て去るという気持ちには到底なれず、小麦粉と混ぜてホワイトソースにした。もともとこの「一晩置いたクリームチーズのような塩ヨーグルト」で「普通のラザニアよりも半分程のカロリーでできるラザニア」というのが作りたかったのだ。しかし、ここでしょっぱさをごまかすために小麦粉を混ぜたことによって、「半分のカロリー」という夢はどこかへ飛んで行った。

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ものすごく奮闘してできたラザニア。あんなに頑張ったのにそんなに美味しくないラザニア。でも、頑張ったっていうのはウソだよ、だって計量スプーン使ってない私が悪いんですから、と一人で静かに反省した末にできたラザニア。焦げ目がついたことで、見た目はなんとなく普通なラザニア。

あんまり美味くご飯が作れなかったときに、私は多いに言い訳をする。夫に対して。その日も夫を駅まで迎えに行った帰りに、とりあえず失敗したんだということをしょぼしょぼと伝えた。私はしょっちゅう言い訳をしているので、夫もまたかよという顔をしてみせただけだった。

ラザニアを一口食べた夫は「別に普通だけど」と言って、全部食べた。ああ良かった、今日も一日乗り切ったぞと私は安堵して風呂に向かった。作っている過程を見ていたら、とてもそんな事言えまいよ。

  • 2012年12月14日
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ついに、六厘舎。

人生には小さな夢がいくつもあったほうがいい。夢というか、目標というか、目的というか、したいこと、食べたいもの。最近私が一番関心があることは食べ物なので、いつも「いつかはあれ食べたいなー。」と思って生きている。

東京に住んでいた頃、東京駅で何度か「六厘舎のラーメン」の横を通り過ぎ、その列の長さにいつも驚いて、食べられなかった。私が東京を離れる日、同居人だったサチ子が東京駅まで一緒に見送りに来てくれた。そこで、「最後だから、六厘舎のラーメン食べて行きたいんや。」と私が言って、二人でラーメンストリートへ行った。しかし、その日も列は驚愕の長さで、私達はあきらめたのだった。私は東京に、未練を残して去ったのだ。ラーメンという未練を。

あの日から4年あまりの月日が流れ、いつのまにやら結婚して、愛知県に住むことになった。テレビで東京の映像が流れ、六厘舎の長蛇の列が紹介されるたびに私は夫に、「私、生きている間に絶対に六厘舎のラーメン食べてみたいんや。」ということを何度かつぶやいた。

そしたらある日、東海地方限定のテレビ番組で「名古屋のラーメン通りに期間限定で六厘舎が出店する」というニュースを見てしまったのだ。私は焦って会社に行っている夫にメールした「六厘舎名古屋に来てるー!」と。名古屋では尚更長蛇の列ができているらしいので、私達はちゃんと「ラーメンを食べに行く日」を設けて、ある休日、決行した。

車で名古屋まで行って、11時開店の店に10時前に並んだ。前には10人程の人がすでに並んでいた。「食べられる。」と思ってほっとした。私は妊婦でトイレがやたらと近いので、ほぼ列に並んでくれたのは夫で、私は高島屋のトイレにろう城したりしていたら、ついに開店して席に着く事ができた。

きた。多分あの一緒に列に並んでいた若い男の子達も、中年の夫婦も、若いカップルもここのラーメンが初めてで、とってもみんな嬉しそうだった。みんなケータイで写真を撮っていた。

私は並を頼んで、夫は大盛りを頼んでいた。運ばれて来た時に、その量にびっくりしたけどすんなり食べられた。多分他のラーメン屋のつけ麺だったら食べられなかったかもしれない。そこに確かに違いを感じた。こってりしてるようで、全然こってりしてないのだった。ゆずの香りがして、それがよかった。大盛りを頼んでいた夫も、私より早く食べ終わって、二人で満足して店を出た。店を出ると、ものすんごい行列ができていて、最後尾は全く見えなかった。

私は小さな夢を実現した嬉しさでいっぱいだった。そうして、スタミナの無い私達夫婦は人混みに疲れて、さらりと帰って長い昼寝をした。でも、私にはこれからまだまだ食べたいものがたくさんあるよ。

  • 2012年12月10日
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暑がり、寒がり。

うちに忍者がきた。というのはウソで、寒がりの夫がついに顔まですっぽり覆う防寒具を買ってきた。本当は夫がつけているときのほうが5倍くらいおもしろいけど、つけているときを撮らせてくれないので代わりに私がかぶってみた。こういう人が家の中をうろうろしているのだ。相当に怪しさが増すので家の中でしかつけないらしい。

私の中で男性よりも女性の方が寒がりである、というのを常識のように思っていたけど、うちでは夫より私の方が寒さに強いようだ。そして私の方が数倍暑がりだ。

夏に、「エアコンつけてもいいけ?」とせがんでいたのは私の方だった。薬局で買ったクール枕というもの無しでは寝られなかった。冬になって、真っ先に風邪をひいたのは夫で、薬局でホット枕を買って来たのは夫だった。私は最近まで、夏用のシーツでも全然平気だったけど、夫はそのときすでに毛布を3枚と羽毛布団、靴下をはいて寝て、何枚も服を着て寝ていた。そして最近はついに、このフェイスカバーをつけて寝ている。その隣で、私はたまに暑くて布団をぬいで寝ていたりするのだ。

皮下脂肪の力ってすごい。映画「タイタニック」で船が沈んでから、ジャックはローズを海に浮かぶ板の上にのせてかばっていたけど、本当は痩せてるジャックが板の上に乗るべきだったんだ。どうみたってローズのほうが皮下脂肪がついてた。私もどうやら海で遭難した時は、夫を板の上に乗せなくてはいけないようだ。そういうことで、最近は毎朝車で夫を駅に送っている。とてもこの寒さの中、夫が自転車をこげるとは思えない。

夫は最近なんだか毎日一点ずつ「寒さに効きそうなもの」を買って来ているような気がする。今度は薬用養命酒を買って来たので驚いた。本人曰く、「寒いからじゃなくて、右足のむくみが気になるから」らしいけど。いつもCMで流れてた養命酒、どんな人が飲んでるのかと思っていたけど、急に我が家の日常に仲間入りを果たした。私は妊娠中だから飲めないけど、いつも顔を歪めて一気に飲み干している夫をじっと見守っています。

夫のことばかり言ってるけど、私は私で年寄り臭く入浴剤が大好きだ。入浴剤と言っても、おしゃれなバスソルトとかラッシュのバスボムが好き!とかじゃなくて(それには憧れてるけど)、もっとこう白檀の香りが漂う「旅の宿」シリーズに馴染みが深い。母も、私の入浴剤好きを知っていて、お歳暮なんかでもらったやつをそのまま私に横流ししてくれる。

「今日はこの入浴剤で決まりだ、、、。本日我が家は湯布院なり。」と思いながらお風呂に入るのが楽しみなのだ。そうして、その残り湯を洗濯にも使うものだから、夫のシャツからは渋い白檀の香りが漂っている。

 

  • 2012年12月5日
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ばあさま達の愛。

三重で暮らす母から定期的に荷物をいただいています。そこには私が要望した数々の品物が入っています。毛布を3枚くれ、海苔は余ってないか、あそこのあの本棚に入っているミステリー小説を入れてくれ、など多種多様な要望に、母は細かく対応してくれて非常に助かっています。そして感謝しています。

その荷物の中に、同じく三重に住む私のばあさまからも野菜やらなんやらが入れてくれてあります。母が私に荷物を送る頃合いを見計らって、ばあさまは私に届けたい諸々を一緒に荷物に詰めてくれます。

今回は、巨大な白菜丸ごと一個と大根二本、私の大好きなお漬け物でした。私はスーパーのお漬け物ではダメなのです。おばあちゃんの漬けたやつが好きなのです。かといって、これまたばあちゃんの漬け物は、万人受けはしません。その独特の匂いと味は、ばあちゃんの漬け物マニアであるごく一部の人間しか好きではないかもしれません。私とか母とか、それで育って来た人間は、その味が麻薬のように好きです。なんというか、濃ゆ〜い乳酸菌の味がするのです。私の夫は、その特殊な匂いにおじけずいて、食べられないようでした。それをいいことに、私はこの送られて来た漬け物を一人で大事に食べています。

私は、ビニール袋で固く閉じられたその漬け物の封を開けたとき、その濃い漬け物の匂いとともに、冬のおばあちゃんちのストーブの匂いと夕ご飯の匂いを思い出し、それが当たり前に自分の日常にあったことが懐かしくなりました。あの時間は永遠に続くものではなかったのですが、永遠ではないからこそ、大事な記憶となるのです。

ばあちゃんは時に、母と荷物の梱包の事でケンカしながらも、一緒にダンボールに愛情を詰め込んでくれるのでした。

今回、私が入れてほしいとお願いした品物の中に「毛糸の靴下」というのがありました。この靴下は、2010年に亡くなってしまったもう一人の私の大阪のばあちゃんが、生前大量に作っていたストックの靴下です。このばあちゃんは編み物が得意でした。冬になると、私も姉も当たり前のようにこの靴下をはいていました。もう何枚もやぶけて、何枚も今まで編んでもらいはいてきました。ばあちゃんが死んで、この世からいなくなってしまっても、まだはいていない靴下のストックがあったのです。

今までは、やぶけたらまた縫ってもらえばいいやと思っていましたが、これからは簡単に捨てられないのだなあと思います。ばあちゃんの笑っている遺影より、この靴下のほうが何倍も、ばあちゃんの存在を思い出させるのでした。それはそこに存在して、私の足をまだ温めてくれているのです。

熱い想いを語ったあとに、全く関係のない話をします。先日友人のひとみちゃんがくれた美味しい抹茶ケーキの残りをむしゃむしゃと食べていたところ、ケーキの中から奇形のイチゴちゃんが這い出して来ました。最初知らずに口にほりこんでから、イチゴに存在感のある突起を感じて出した所、かなり変わった形をしていました。これは、、、私のお腹の赤ちゃんが男の子だということを予言しているのでしょうか?ちなみにまだ性別ははっきりしていません。

そして、こういう形のイチゴちゃんも、ちゃんとケーキに入れてくれたケーキ屋さんに、私は何か妙な温かさとユーモアを感じたのでした。

  • 2012年12月3日
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ひとみちゃん、よーちゃん来る。

よく見たら左端に「尿感」って文字が見える。申し訳ない映像をバックにかわいい後ろ姿を撮ってしまった。ごめんね、よーちゃん。さらには、ヤンママひとみの太ももまで激写。ごめんね、ひとみちゃん。本日、我が故郷三重から、高校時代からの友人ひとみちゃんとその息子ちゃんのよーちゃんが遠路はるばる来てくれました。片道二時間程を、1歳に満たない赤子を連れて一人でカーを運転してくるひとみちゃんは、スゴイ。とインドアな私は思う。私は近隣のスーパーに行くのさえ、カーを運転するのが億劫であるのに。

今最も私が色々インタビューしたい、リアルな母子が目の前に現れてくれたので、もう家に上がる手前の階段を登る辺りから、質問を雨のようにひとみちゃんに降らせてしまった。チャイルドシートから、離乳食から、だっこひもから、出産時の陣痛間隔から、母乳に適したチクビの長さから、便意と陣痛の違いから、マザーズバックの中身まで、ひとみちゃんは包み隠さず見せてくれて、色々教えてくれた。出張教室のようだった。

以前、3月くらいに私が三重のひとみちゃんちを訪れたときは、「子育て疲れのどん底」であったひとみちゃんは、私の目にもはっきりと彼女の疲労の色が見えていた。そのときまだ生まれて間もない息子のよーちゃんは、ただふにふにと泣き続ける存在で、かわいいけどあまりにも取り扱いが難しそうな生き物であった。

ところが今日現れたもうすぐ1歳になるよーちゃんは、ひとみちゃんにそっくりの黒めがちな目をくるくるとさせて、赤ちゃん特有の「あーあー、まーまー」と言うなん語を機関銃のように発射していた。はっきりと、私のことも認識してコミュニケーションをとってくれる。おもちゃを渡してくれるし、トイレに行った私を追いかけて来てくれる。小さな意志を持った人がそこにいた。

赤ちゃんが来るので、私はできる限り部屋の中に何も置かないように掃除したけど、それでもどこから見つけて来たのかゴルフボールをいつのまにかくわえていたり、テレビにくっついていたビニールテープをひっぱったりしてくるよーちゃんを、ひとみちゃんが怒らないようにどうにかして注意をそらして引きはがす。私と話していても、ちゃんとよーちゃんの行動を見ていて、手を出しすぎないくらいの、ちょうどいい感じで見守っているのがすごいのだった。それで、泣き出すと一瞬で泣き止ませる方法までちゃんと熟知していた。すごくお母さんだった。

お昼は、私が平凡なカレーを作って、ひとみちゃんが美味しいケーキを持ってきてくれました。あのカレー、ちょっとしょっぱかったね、、、ごめんね。

3月の、子育て疲れ真っ最中の時でさえ、ひとみちゃんは自宅の中でかわいくおしゃれにしていた。今日も、ふさふさのまつげとハートのピアスとおしゃれなピカピカの靴をちゃんと履いて、おしゃれをしていた。私は、「自宅だし!」と思ってノーメークで、いつも着ているジャージでチャルメラのおじさんみたいな格好だった。久々に同じ年のおしゃれをしている女子と話すと、「ちゃんとせな!」と私も背筋の伸びる想いがした。今のままじゃ、生まれてくる私の赤子があまりにもかわいそうであった。お母さんがチャルメラのおやじみたいだったらショックだろう。最近顔の産毛もスコールの後のサバンナのようで、夫についに「鼻毛が出てるよ」と言われたばかりだったのだ。

ピンクのラパンに乗って、颯爽と手を振り帰って行くおしゃれアクティブママひとみちゃんを見送り、赤子と対面するまえに美容院に行かねばと思った。

  • 2012年11月29日
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