
赤福だけじゃないんですのよ。三重の餅菓子は。
これは桑名の有名な安永餅。なんでこんなに長くしちゃったのかしらと思いながら餅を口からぶらさげてふざけたりできます。味はあっさり。なんでかっていうと、うすっぺらいから口に入れた時にうす〜く伸ばされた微量のアンコしかはいってこないからさ。これが丸い大福であったら、一口ほおばったときにアンコの量が多すぎていくつも食べられないだろうけど、これはいくつも食べられるのである意味危険なお菓子でもあります。

これは、釆女なごん。(うねめと呼びます)おばあちゃんが老人会の旅行で「最高齢」だったからもらったんだってさ。長く生きるといいことがあるもんだね。女性は子どもの頃は「早くお化粧できる大人になりたい」と願い、25歳頃から徐々に年下女性に嫉妬し始め、28くらいから年齢を口外しなくなり、35くらいで顔に塗るクリームに高額をはたき、45くらいで「お姉さん」と呼びかけられたことで3週間は機嫌がよく、70くらいで男か女か分からなくなり、80になると突然年齢を誇りに思うようになる。うちのおばあちゃんは、最高齢が相当誇りだったらしい。私もいつか老人会でこのお菓子をいただくことを目標にして生きよう。
ちなみにこの釆女なごんは、一個食べきるのに私は二日かかります。大きなモナカのなかにはぎっしり餡がつまってて、お餅まではいっています。非常食にスニッカーズではなく、釆女なごんをポケットにしのばせてみませんか?

これは三重のお菓子ではなく、滋賀のお菓子だけど、美味しかった餅菓子。赤福でさえ2日はもつけど、これは高らかに「そのひのうちに食べきってください」とうたっています。それくらい柔らかい。繊細なお餅のお菓子。ビジュアルも私は好きです。
ここのHPを見たら北海道への送料が1300円で、お餅本体よりも高かった。取り寄せなくてもいいよ。北海道にもたくさん美味しいものあるはずだから。

山の仕事っていうのはウソで、ただ母が家の周りの雑草を草刈り機でかっているだけの話です。最近姉は、この恐ろしい草刈り機デビューを果たし、おばあちゃんちの草も刈ったと私に鼻息も荒く自慢してきましたが、私はまだこうして二階から母の勇姿をカメラに収めるだけしかできません。
この界隈の男達は、皆早朝からとにかくけたたましい音のなるこの草刈り機で草を刈りまくる働き者なので、都会育ちで朝の弱いうちの父は「なんで朝からあんなうるさいねん!!!」といって憤慨する姿を私はよく見ます。私もこのけたたましい音でよく目が覚めるので、そのときはくやしくてなんか涙が出そうになります。
でも怠け者の私が、働き者のこの地域の人々をののしることなど到底できないのです。でもどうしても、自分があの恐ろしい音の出る道具を操って、使いこなす姿を想像できません。音が静かで軽い草刈り機が開発された暁には、私はようやく庭に出る事ができるでしょう。
ところでこの緑に犯され尽くしているのがうちの庭です。右に見えるのが、かつて物置だったけど今は蜂と小動物の家になってしまった小屋です。どうして蜂と小動物の家になってしまったかというと、扉が閉まらなくなったからだと思います。いつだって、誰だって出入り自由の小屋になってしまったからです。
時々、中がどんなことになっているのか恐る恐る覗いてみますが、大概鳥肌が立って見るのを途中でやめてしまいます。昔はただの物置きだったのに、生命体が潜むとなるともう、ただの物置ではなくなるのです。神秘の小屋、畏怖の念を抱かせる小屋へと変貌してしまいました。もう私の力ではどうすることもできません。
そしてこの写真で母が立っている場所は、昔うちで飼っていた猫のフンを捨てていたので、異常に肥沃な土壌となり夏にカブトムシが大量発生するという珍事をもたらしました。その飼っていた猫のミント君も、10年前猫エイズで永眠し、まんまとこの庭に埋められ、毎年12月24日の彼の命日に私が一人で線香をたむけています。私が草抜きをするのは、一年でその日だけです。ミント君の墓の周りだけ。
このように、小さな庭ですが色々な出来事がちゃんと起こるものです。

自分に子どもが産まれるという保証も予定も今の所ないにも関わらず、将来もしも子どもができたら一緒に遊びたいな〜と思って買ってしまったおもちゃ。というか絵本。
美術館で見かけて、どうしてもほしくなって買ってしまった。かなり高かったけど。福田繁雄さんが尊敬するというアーティスト、ブルーノ・ムナーリ氏の作品。透明プラスチック板に描かれた絵を組み合わせて、何通りにもお話がつくれるというアイテムです。

48枚の、シンプルな木や雲や窓や雨が描かれたカード。動物や車の絵もあって、重ねるとどんどんお話ができていく。まだなんにも作ってないけど、眺めてニヤニヤしてるだけです。よくよく考えたら、「あれ?自分でも作れたかも??」とも思ったけど、やっぱり無理だな。私が作れるのは、せいぜい着せ替え人形くらいだろう。
ブルーノ・ムナーリ氏は、「答えのない絵本」というか、自分でお話を作れる絵本というのをたくさん作っている、、、ような気がします。
私にはもはや童心が失われておるので、一人で作ったって何にもおもしろくありません(笑)でも多分子どもと作ったらそりゃあもう楽しいであろうという見切り発車で手をだしたのです。

使わなければ意味がないけど、今はもうただ、この美しいカードに傷がつかないようにそっと収納しています。一体いつ登場することになるのやら、、、。
もしも子どもが生まれなかったら、両親が痴呆になったときに一緒に遊んであげよう。

世界陸上が今韓国のテグで行なわれているのですが、今年はかつてないほど世界陸上をテレビで観ています。オグが陸上をしているからです。色々解説がついてくるので、いつもよりおもしろく感じます。
でも、私とオグの観るポイントが全く違います。私は選手一人一人の顔のことばかり言います。
「なんて呼吸のしやすそうな鼻なんだ!」「この円盤投げの選手は、いい母親になれると思う。」「めちゃくちゃかわいいピアスをしてる!」「この人の髪型は、毛根泣かせだね。」とか、直接競技に関係のないしょ〜〜〜〜もないことばかりに目がいきます。
オグは「早い段階で勝負をかけ過ぎたからうまくいかない。」「助走が長過ぎる、絶対バテる。」とか、当たり前だけど「実際陸上やっているひと」の発言なので、「ほーーーーー。」という感じです。たまに「織田裕二がいかにこの世界陸上のキャスターをやりたがっているか」とか「あのスポーツメーカーは、国によってデザインを変えずに色を変えてるだけだから手を抜いている」とか、競技に関係のない話もしていますが。
写真は、例の「ボルト選手、フライングで失格」のライブ映像。

固唾を飲んで男子100メートル決勝を見守っていたので、私も大騒ぎしてしまいました。フライング一回で失格なんてむごい。今まで頑張って練習して来た選手が、そのすべてで、走りもしないのに終わりを告げられる。無情すぎてため息がでました。
オグは「でもこれだけ、フライング一回で失格の恐ろしさを目にしているのに、自制できなかったのはやっぱりボルト自身の甘さだ」とな。勝負の世界は厳しいのね、、、。
それにしてもボルトのこの筋肉!!!甘栗むいちゃいました、のようなツヤ!うつくし〜。選手の筋肉の美しさにいちいち大騒ぎしつつ、自分のあせもだらけのぶよぶよ肌をかわいそうに思います。

三重県立美術館で開催中の「福田繁雄 大回顧展 ユーモアのすすめ」を観て来ました。
福田繁雄さんは、美術やデザインを志した方なら確実完全に尊敬してしまう偉人であります。私も大学時代は、福田さんの展示を観に行ったりしました。2009年に福田さんが亡くなられた時は、日本の宝物がまたひとつ失われたようでした。
あまりにも有名なので、あらゆるシーンで私は彼の作品を目にし過ぎていて、「ああ、あの有名な人の回顧展があるんや〜また見に行ってみよ〜」くらいのライトな気持ちで再び彼の展示に足を運んだのでした。
でも、ひとたび展示会場に足を踏み入れると、私は見慣れたはずの彼の作品群に再びものすごい驚きました。大学時代以上に、彼の偉大さに打ちのめされてしまいました。
個人的に好きなのは「使えない食器と道具シリーズ」。すくう部分が二つ連なったスプーンとか、二股のネジとかいっぱいあります。思いついたら全部つくっちゃおうというのが、おもしろいなあ〜。
すごいものはいつみたってすごいんだ。

あれ??これって福田さんの作ったやつかな、、、?展示コーナー外にあったおもしろい作品。作者名を確認し忘れる。褒めておいて失礼な振る舞いをしてしまった、、、。キリン柄の馬、牛柄の馬。

福田さんに全然関係ないけど、今日のお昼ごはん。
世界中のネバネバしたものを集めて、スーパーネバネバスペシャルを作ってみたいという欲望にかられて実現。
なめこ、オクラ、やまいも、モロヘイヤ、エノキ、ワカメでできています。全部私の好きな物。それを一つのお皿にまとめたってことは、私にとっては夢のようなお皿です。でもヌルヌルしすぎてよく噛めなかった。一人でごはんを作る時は色々実験ができて楽しいな。