今年は台風や雨が多くて姉自身も忙しく、稲刈りは遅れに遅れ、9月の3連休に家族総出で稲刈りをしました。が、今年はまた超厄介な事に、なんと米を乾燥させて玄米の形にまでする籾摺りという作業をしてくれるはずのおっちゃんに断られたのです(笑)!!そのおっちゃん曰く、姉のように田んぼ二つ分の米を籾摺りするのが嫌(少なすぎるかららしい)、というのと稲刈りの時期がいつも遅すぎるから嫌、ということらしいのですが。毎年そのおっちゃんは姉の米を籾摺りするのを嫌がっていて、今年はついに断られたので家族内に衝撃が走りました。
そんなことで、、、なんと手で直接稲を刈って、地道に干す。という原始的な方法でしか稲を刈れなくなってしまいました。私も詳しくは知らんのですが。しかも最初のうちは姉がたった一人で手で稲を刈って、束ねて干してをしていました。たった二つ分の田んぼなんだからそんなに大変じゃないのではと思っていたのですが、その様子は「果て〜なき〜」(by,MISIA)と歌いたくなる程果てなき作業で、、、もう見ていて涙が出るくらいしんどそうでした。ちなみに私は会陰切開の傷の後遺症かつ、乳飲み子を抱えてということでこの作業は免除されていました。
大阪と三重を行ったり来たりでしか農作業できない歯痒さ、かつ、せっかく三重に来たのに天候が悪すぎて遅々として作業が進まない歯痒さ、おまけに手刈りという地道すぎる歯痒さの三重苦を背負ってのヘレンケラー奈保子姉。「もう、やめてまえ」と何度言おうと思ったか。農作業については「私が勝手に始めたことなんやから、みんな手伝わんでいいからな」と田んぼを始めたばかりの頃は意気揚々と鼻息も荒かった姉ですが、次第に「ママ、この日はヤンマーの人が来るから手続きしといてな」「あれに水やっといてな」「もう、なんでマイマイ(姉の旦那様)はこの日手伝ってくれやんの!」「パパめテレビばっかり観て、手伝わん気か、あいつ!」などなど、もはや家族総出。御年87のおばあちゃんもせっせと梅ジュースを運んだり、紐を結わえたり。そして今年の稲刈りは本当に、大変そうだった。
大雨が降り続く中、姉の旦那様のマイマイ氏(高校数学教師)と姉と母(還暦を迎えました)の3人は、長〜いゴム長靴と、作業着を着て、延々手で稲を刈り、雨なので屋根のある場所に稲を干し泥だらけで泥に足を取られ転倒しまくりながら(全員若くないのに、、、涙)作業をし続けていました。多分色んな事情を知らない人が、たまたま横を通りかかってこの3人組を見たとしたら、自衛隊の特別訓練ぐらいのものに見えたかもしれません。平成のアホ3人組です。基本的に汗の出る労働が苦手な私は、いつも生唾を飲み込みながら3人を見送っていました。私にできることといったら、帰って来たドロドロ腹ぺこ3人組のご飯を作る事だけでした。
なんでこんな大変なのに続けるの?と周りみんなが聞くのですが、その度に、姉は結構感動するような応えを返してくるらしいんですよ。ちなみに、私は聞いた事ないのでその感動する応えを聞いた事無いんですけどね。母は「姉ちゃんは、姉ちゃんなりによう考えてしとるんや」といつも言うのですが、「で、何でなん?」と聞くと、いつも大抵その感動の内容を母は忘れていて、うまく私に伝えてくれないんです!母!物忘れがすぎる!心配!
その苦労の結晶。ナホの米2016です。新米は、なんでもうまい。(おっと失礼!)やっぱり時々小石が混じっている。3歳の息子がその小石を思い切り噛んでしまったらしく「なんか固い!」と怒り散らかしていて、「ナホちゃんのばかやろうだな!」と叫んでいました。そんな事言うのやめてあげて、どんだけ苦労したか。大事に食べような。